九州大学 大学院 システム情報科学研究科
教授 赤岩 芳彦
赤岩氏はデジタル移動無線通信の研究に20 年以上従事し、多くの業績を上げてきた。以下で特筆すべき2 つを主に紹介する。
第一は、移動通信用線形デジタル変調方式に関する業績である。移動通信用携帯無線機は電池を電源とするために、送信電力増幅器の電源効率を高くする必要があり、この点と受信側で広いダイナミックレンジと高速フェーシングに対処するため、変調方式としてはアナログ方式以来、専らFM(定振幅変調)が用いられてきた。この事情はデジタル方式になっても同じであり、当時の学会発表においては、定振幅変調が枕詞になっていた。当時、デジタルFM方式として提案されたGMSKは、欧州で開発された自動車電話方式 GSM に採用されたことで有名である。
赤岩氏は実現が困難視され、省みられることがなかった線形変調方式に取り組み、送信電力増幅と受信における問題を解決できることを世界に先がけて示した。赤岩氏はΠ/4shift QPSKに着目し、電力増幅器に対してこの変調方式と相性の良い直交検波後負帰還を施すことにより、非線形歪みを補償し、高効率の非線形電力増幅を得ることに成功した。また、Π/4shift QPSKの信号配置と軌跡を巧みに利用することにより、従来のアナログFM と同様にリミタ周波数検波を行った後、放電積分検出する手法により、受信側の問題を解決した。この線形デジタル変調方式は GSMなどのデジタル FM 方式に比べて、移動通信環境下で必要とされる帯域外輻射強度(-60dB )を満足する帯域が約1/3 になる。このことは、周波数利用効率を3倍に高めることを意味する。
さらに、赤岩氏はこの変調方式を用いて、狭帯域 TDMA デジタル自動車電話システムを提案した。このシステム案はすぐさま注目され、米国および日本のデジタル自動車電話およびPHSの標準方式として採用された。 GMS 方式の標準化で中心的な役割を果たしたDr.Jan Uddenfeldt氏は赤岩氏の提案がもし1年早かったならば、 GMSにも採用されていただろうと話したと聞いている。この後、線形変調方式を移動通信に適用することは当然のようになり、例えば、その後登場したCDMA方式にも採用されている。赤岩氏のこの業績は無線通信技術への学術的な貢献とともに、自動車・携帯電話において、アナログFMからデジタル方式への移行を促進し、今日の移動通信の隆盛に寄与したものとして、世界に誇れる業績であると確信している。
第二の業績は移動通信システムにおけるチャネル割り当て問題を解決する方式である。セルラーシステムにおいては、空間的に離れたセル(基地局)においてチャネルを再利用しているが、各セルにどのチャネルを割り当てるかを設定する必要がある。セル半径が大きいいわゆるマクロセルにおいては、かなりの手間とノーハウを必要とするものの、この設計は可能である。しかし、セル半径が小さくなるとマイクロセルにおいては、電波伝搬の不規則性が強く影響し、干渉の見積もりが困難になるため、チャネル割り当ての設計は事実上不可能になる。この事情はマイクロセルマクロセルを重ねる階層化セル構成においても同様である。赤岩氏は早くからこの問題に気付いて、これを解決する'チャネル棲み分け'方式を提案している。(赤岩氏はこれに関する論文の筆頭著者にはなっていないが、方式提案は赤岩氏が行ったものであり、事実、基本特許は赤岩氏一人が発明者になっている)。この方式は各セルが他セルとの干渉経験を学習しながら使用するチャネルを自律的に選び、全体として干渉が少なくなり、かつチャネル再利用が最適に近くなるチャネル割当てパターンを自動生成する。学習は各セル毎に有する優先度テーブルの内容を更新することにより行われるものであり、そのアルゴリズムは簡単である。すなわち、使用する前に優先度順でチャネルの観測を行い、そのチャネルが使用可能であれば優先度を上げ、そのチャネルを使用し、さもなければ優先度を下げてから次のチャネルを検索するだけである。
"チャネル棲み分け"(Channel Segregation )は元京都大学教授今西錦司氏の生物界における'棲み分け論'にしなんで命名したものであり、自律分散動的チャネル割り当ての研究分野を新しく開拓したものとして今や普通名詞になっているほど高い評価を得ている。最適なチャネル割り当て問題は、たとえ干渉見積もりができたとしても、完全に解くことは困難な問題である。'チャネル棲み分け'はこのような問題に対して実用的な解を与える。'チャネル棲み分け'の手法によって混変調を避けるチャネルの割当て問題を解けることも確かめられている。その他には無線パケット伝送方式にも、応用が検討されている。この方式の(チャネル再利用パターンの)自己組織能力は正のフィードバックを含んだ非線形複雑システムにおける動作との関連も予想され、その動作自体が学問的にも興味深い。赤岩氏はその他、導波管接合サーキュレータの厳密な電磁界解析による設計方法の確立、デジタルFM 変調方式(警察、防衛無線機に実用化された)、ダイバーシチ通信方式、ダイレクトコンバーション受信方式、マルチキャリア伝送方式、マルチメディア無線 LAN などにおいて、数々の業績を上げている。また、赤岩氏及び日本人が開発した技術を含めて、デジタル通信の基礎から最近のデジタル移動通信システムにわたり、体系的著述した成書を英語で John Wiley & Sons 社から出している。これは、デジタル移動通信技術を一人の著者が統一的に手際よく述べたものであり、国内外の大学で大学院レベルテキストとして、また企業の技術者の参考書として好評を得ている。情報通信分野で、世界中の読者を対象に、日本人が著した専門書の一つとして特筆される。
赤岩氏はデジタル移動通信研究の先駆者の一人として世界に広く知られている。事実、今年度、日本で初めて開催される第51回IEEE Vehicular Technology Conferenceにおいて、学術界を代表して基調講演を行うことになっている。
以上述べたように、赤岩氏はデジタル移動通信の研究のおいて問題発見から解決にいたるまで高い独創性を示し、かつ、その結果は学問的にも実用的にも高く評価されている。