[Tech Unveiled] 高性能Massive MIMOシステムをどう構築するか
高まり続ける5Gのデータトラフィック需要に対応し、より高速な通信速度を実現するには、ミッドバンドとハイバンドのスペクトルの可用性が鍵となります。
しかし、対処すべき重要な課題もいくつかあります。
- 第一に、周波数帯が高くなるほど電波の到達距離が短くなるという、高い周波数帯でのカバレッジ問題を克服すること
- 第二に、周波数帯への投資価値を最大化するため、最良のスペクトル効率を確保すること
またこれらの課題に取り組む一方で、無線機のサイズ、重量、消費電力を最小限に抑え、通信事業者が迅速かつ手頃な費用でサービスを展開できるようにする必要があります。
ではここから、エリクソンの高性能Massive MIMOシステムの主な材料と、エリクソンの「秘密のレシピ」を使って事業者がどのようにこれらの課題を克服できるのか、一緒に見ていきましょう。
無線の物理の基礎
5Gで想定されるデータ量の増加に対応するには複数の重要な要素が必要となりますが、これから説明するエリクソンのMassive MIMOソリューションもその一つです。
まず通信システムにとって情報のスーパーハイウェイに相当するスペクトルの話から始めましょう。簡単に言うと、スペクトルや帯域幅が大きいほどより多くの情報を伝達できます。ただしできるだけ効率的に情報を目的の受信機に届けるには、同時に十分な信号強度が必要になります。
偉大なエンジニアであったクロード・シャノンは、1948年に有名な方程式でこの原理を説明しました。(この記事で方程式が出てくるのはここだけです。ご安心ください!)
C=W log2(1+S/N)
シャノンは、チャネル容量(C)、つまりビット毎秒で達成可能なデータレートが、チャネルの帯域幅(W)に比例し、信号対雑音比(S/N)に対数的に依存することを示しました。ちなみに「シャノン」は偶然にも常に重要なコミュニケーション手段であったアイルランド最大の川の名前でもあります。川を流れる水は無線伝搬チャネルを通過するビットの流れに似ています。
ではより多くの容量を確保するには、単純にスペクトルを追加すればいいのでしょうか。
周波数が高くなればなるほど、電波の波長は短くなります。必然的にアンテナのサイズも電波のサイズに合わせて小さくなります。ただし、小さいアンテナは電波の到達距離が短いという欠点があります。幸い、私たちはMassive MIMOでこの欠点を賢く補うことができます。
簡単な例として、遠くのスピーカーから音楽を聴くことを想像してみましょう。小さな高音スピーカーは高い周波数で変化に富んだメロディを運び、大きな低音スピーカーは低い周波数で伴奏のベースのゆっくりしたビートを運びます。もちろん大きな低音スピーカーは、空気や壁を通過して低音を遠くに届けるのにより大きなエネルギーを必要とし、また遠くでメロディを聞くには、音を何らかの形で増幅する必要があります。
幸運にも、これらの電波の物理特性のカバレッジや効率性に関する課題への解決策で、他にも数多くの利点を持つ、エリクソンのMassive MIMO とビームフォーミングがあります!
Massive MIMOとビームフォーミングで物理的な限界を超える
もちろん物理の法則を打ち負かすことはできませんが、Massive MIMOソリューションとも呼ばれるAAS(Advanced Antenna Systems)を構築して、前章で説明した課題を回避する賢い方法があります。
Massive MIMOとそのビームフォーミング機能は、5Gスペクトルの高い周波数においてカバレッジと効率の課題を解決する鍵となるものです。ではその理由と方法を見てみましょう。
ホワイトペーパーで説明したように、AASシステムは以下の要素から構成されています。
- アンテナアレイを備えた統合ハードウェアユニットであるAAS無線機。多数の無線チェーン(通常16以上)と緊密に統合され、下位層のRAN機能の一部となることが多い。
- AAS無線機内のアルゴリズム、AAS無線機に接続されたRANコンピュート、またはその両方で実行されるビームフォーミングなどのMassive MIMO(またはAAS)機能
「AAS」はアナボリックステロイド(Anabolic Androgenic Steroids)の略語としても知られています。もし通っているジムで、「パフォーマンスを上げるにはAASが本当に重要だからよく使うんだ。」などと話したら、まわりの人は無線アンテナの話だと思わず怪訝な顔をするかもしれません(実話です!)。前後の文脈は重要ですが、ある意味でこれは良い例えです。実際AASは5Gにとってのステロイドだとも言えるのです。
AASを構築するには、無線機のアンテナアレイにより多くのアンテナエレメントを追加します。これによってアンテナの総面積が増加するため、低い周波数に比べて、アンテナパネル全体のサイズを拡大することなく、アンテナの総利得を増やすことができます。これによって、送受信の両方向でカバレッジを拡大できます。
もちろん大抵人間は動き回っているので、一定方向のみにエネルギーを集中できてもあまり意味がありません。そこでビームの方向や形状を空間の中で自由に制御できるよう、個々のアンテナを、アンテナ各自の無線チェーンで制御できるようにしています。そのため各アンテナの信号の振幅と位相を個別に変更できるのです。
これによりカバレッジと容量に関して、以下を含む多くの機能が実現できます。
- 複数のビームを同時に作成する
- 望む方向にミリ秒に満たないという究極の高速で無線信号を送受信する。これを望ましくない方向に向かうかまたは望ましくない方向から来る干渉を削減しながら、複数ユーザーに対して同時に行う。
しかしこれは簡単ではありません。送りたいユーザーに最も強い信号エネルギーを送るには、ビームをどのように「形成」するのが適切なのでしょうか。人々は通常、ビームを下図のような単純なエネルギーの塊だと思っています。希望する方向にビームを向ければそれでOKだと考えているのです。確かにこのようにビームを形成することは可能で、多くの場合はそれで十分うまくいくのですが、常にそれが最適というわけではないのです。
単純なビームより優れている理由はこうです。「無線チャネル」とは非常に複雑な環境です。下図に示すように、基地局と各デバイスの間を行き来する信号パスは多数の物体に反射し、あらゆる方向から複数のパスが受信機に到達するため、ミリ秒レベルで時間や周波数が変化する定在波やディップを引き起こします。
波立った海を想像してみてください。最適なパフォーマンスでこの環境を乗り切る理想的なビームとはどのようなものでしょうか。この複雑性に加えて、チャネルはセルに接続されている何百という移動デバイスでそれぞれ異なるので、各デバイス向けの正確なビームを個別に生成しなければなりません。一人のユーザーにビームを送信する際は、当然ながらそのビームが他のユーザーに干渉しないようにする必要があります
したがって送受信したいデータのビームを生成・適用するためには、非常に正確かつ独立したビームを、スペクトル全体にわたる無線チャネルの即時測定と大規模な計算に基づき、時間と周波数の両方で、ミリ秒に満たない間隔で継続的に再形成し続ける必要があります。エアインタフェース上で送受信されるギガビット単位のデータは、実際には無線チャネル上をサーフィンしている状態であり、電波の波をつかまえるには、実際のサーフィンと同様に正確なタイミングが不可欠です。チャネル情報は高速で変化するため、この情報が古くなり過ぎると波に乗ることができず、ビームフォーミングの性能を最適化する機会を失います。下図に示すように、その瞬間に最適なビームはかなり適当な形に見えることもあります。しかし1ミリ秒後に新しいビームに変わるまでは、正確に必要な場所にエネルギーを送る目的を、このビームが一番うまく達成してくれるのです。
これによって通信事業者は、リモート無線ユニットのソリューションと比べて、より広いエリアではるかに広範なカバレッジとネットワーク容量を確保し、エンドユーザーにより高速なサービスを提供できます。事業者はサイト数を大幅に増やすことなく、貴重なスペクトル資源を最大限に活用できます。エリア毎のギガビットあたりのコストを削減できるというこの利点によって、事業者は今後のトラフィック増加に備えながら、継続的に優れた速度と広範なカバレッジを提供し続けることができます。
エリクソンのAASを支える技術
このように、AASの利点は明白です。しかし、その可能性を最大限に引き出すには課題もあります。
- 無線における課題
帯域幅が広くなりアンテナブランチの数が増えることでさらなる処理能力が必要になり、基地局の消費電力、サイズ、重量が増大します。 - ビームフォーミングにおける課題
- 無線環境はスマートフォンの移動に伴ってミリ秒未満の時間枠で変化します。この複雑性に加え、セルには他に何百というデバイスが接続されています。
- チャネルの瞬間的なスナップショットに基づき、時間と周波数の両方で、ミリ秒に満たない間隔でビームを再形成し続ける必要があります。
- 複数のアンテナを使って複雑な無線環境下で同時に多数のユーザーへビームを適応させるには、毎秒数百万回もの数学的計算が必要になります。
エリクソンはこれらの課題を克服するため、瞬間的な無線チャンネル情報へのアクセス、この情報を活用できる優れたアルゴリズム、Ericsson Siliconの処理能力という三つの重要なコンポーネントを追加しました。幸い、エリクソンはAAS分野で長い経験を持っているため、このようなハードウェア設計とビームフォーミングアルゴリズムの両方に対応できるのです。
エリクソンのMassive MIMOのアーキテクチャーは、ビームフォーミングとMIMO処理をアンテナと無線チャンネルに近いAAS無線機自体にできるだけ配置するよう設計されているため、リアルタイムで緻密な無線チャネル情報にアクセスできます。これにより急激に変化する無線環境下で、ほぼ瞬時にチャンネル推定とビームフォーミングの重み計算を行うことができるのです。エリクソンのMassive MIMOアンテナは、無線チャネルを正確に感じ取り、考えうる最良のビームでリアルタイムでチャネル状況に対応できると言ってもいいでしょう。
処理を無線機そのものに搭載することには、他の利点もあります。無線機からRANコンピュートへのフロントホールのビットレートが削減されるため、コストが削減できます。それと同時にRANコンピュートも、多数のセル上でユーザーをスケジューリングしたり、無線空間で送信される前にきちんと保護しなければならない、ユーザープレーン上のデータビットをエンコード/デコードしたりといった自身のタスクに集中できます。
次に、チャネルデータに対して働く優れたビームフォーミングアルゴリズムが必要になります。実際、5Gでのビームフォーミングの方法は3GPP標準で定義されておらず、完全に実装依存となっています。つまりイノベーションと自由な開発の余地が大いにあるのです。
時間変動する無線チャネルに適応するという複雑な課題を解決するには、アレーのアンテナエレメントに異なるプリコーダーの重みを適用して超精密なビームフォーミングを生成し、対象ユーザーへの無線チャネルを通過した後で複数のアンテナからの信号をコヒーレントに加算して信号を強化する必要があります。これは音楽の演奏において、複数の音を心地よい音色を持つ協和音となる特定の音程で鳴らせてハーモニーを作り出すことに似ています。
しかし同時に私たちは、異なるアンテナエレメントからの信号を不協和音的に加算することで、他ユーザーへの干渉を減らしたいのです。これは音楽の演奏時にいくつかの音を異なる音程で鳴らすことで、(例えば減五度のような)不協和音を生み出すことに似ています。これらの目標を同時に達成する最適なビームフォーミングを生み出すという課題は、複数の楽器を同時に扱って複雑なハーモニーやパッセージからなる音楽を編曲するようなものであり、まさしく技術と芸術の両方が求められます!モーツァルトになるにも、Massive MIMOの技術を習得するにも、当然ながらスキルと献身の両方が必要なのです。
超高精度のビームフォーミングを行うには、アンテナ数、帯域幅、ユーザー数に応じて、膨大な一連の複雑な計算をリアルタイムで実行する必要があります。これは、1秒あたり数百万もの数学的計算となり、きわめて高い処理能力が求められます。さらにハードウェアを最適な方法で活用するための高度なソフトウェア機能とアルゴリズムも必要になります。以前のブログでご説明したように、これはSoC(System on a Chip)ソリューションであるEricsson Siliconでのみ実現可能です。前述の処理機能をすべてMassive MIMO無線機内でまかない、無線機内のコンポーネントをより緊密に統合することで、サイズや重量、エネルギー消費量を増やすことなく、高性能な無線機を構築することができるのです。
エリクソンはいかにして比類ないカバレッジと容量で真の5G体験を提供しているのか?
エリクソンは数十年にわたる研究開発の経験を有しています。エリクソンは現在、5G標準の主要な貢献者かつ主導者であり、仕様文書の37%を共同執筆しています。またLTEのMassive MIMOでの経験から、エリクソンは、5G New Radioがサービス提供初日からMassive MIMOを完全にサポートし、初のMassive MIMOネイティブの標準になるよう尽力してきました。
エリクソンの主要な機能
- ハードウェアとソフトウェアを共同設計したエリクソンのMassive MIMO無線ソリューションにより、通信事業者は消費者や企業が求める高速かつ高性能な5G体験を提供できます。
- 追加のアンテナでカバレッジが拡張できると同時に、ビームフォーミングとそのアルゴリズムによって、リアルタイムのデータを通じてスペクトル効率を最大化し、必要な方向にカバレッジを構築し、望ましくない干渉を最小化できます。
- 私たちの「秘密レシピ」であるEricsson Siliconが、エリクソンの革新的なソフトェアソリューションと共に用いることで、サイズ、重量、エネルギー消費を増やすことなく、ビームフォーミングに必要な処理能力を提供します。
これらすべての要素によって、エリクソンのMassive MIMO無線ソリューションは、比類のないカバレッジと容量を提供できるのです。
エリクソンのお客様は確実に、既存のサイトをできるだけ再利用しながら、貴重な周波数帯資産の価値を最大限に引き出すことができるはずです。そしてエンドユーザーに超高速で高信頼性の5Gサービスを提供し、最善の品質による最高の5Gユーザー体験という大きな恩恵をもたらすことでしょう。
きっとクロード・シャノン自身も、エリクソンの5G Massive MIMOが成し遂げた実績に驚いてくれると思います。
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